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会社員からフリーランスへ 人と違うことを身に着け、自分の価値を見出す 本荘悠亜さんインタビュー
2024.5.19 インタビュー

会社員からフリーランスへ 人と違うことを身に着け、自分の価値を見出す

現役のクラシックピアニスト・ピアノ指導者として活躍の場を広げている本荘悠亜(ほんじょう・ゆうあ)さん。東京大学文学部を卒業後、会社員時代を経て、音楽の名門・桐朋学園大学院大学(ピアノ科)で修士号を取得した異色の経歴の持ち主です。これまでの歩みや今後のビジョンなどについてうかがいました。

– 学生時代には、滋賀県ピアノコンクール小学校高学年の部、高等学校の部で第1位、ピティナ・ピアノコンペティション全国決勝大会でも数々の賞を受賞されていますね。音楽大学に進むという選択肢はなかったのでしょうか?

3歳からピアノを始めて、コンクールで賞をいただくことが多かったのは事実です。しかし、中学・高校時代は音大の先生に師事していたこともあり、周りのレベルがとても高く、自己肯定感が低かったんです。実際、本番でうまく弾けたことがなく、ピアノは自分に向いていないと思っていました。

それに、大の音楽好きでトップレベルの演奏をよく聴いていた家族から、“中途半端では食べていけないよ”と言われ、納得していたのです。音楽に対する理想が高すぎたことで、音大の選択肢が外れました。

– それで東京大学へ進学されたのですね?

もともとピアノより勉強のほうが得意でした。人前に出る一発勝負が苦手で、ピアノではコンクールでたくさん挫折をしたのですが、コツコツ積み上げられる勉強は楽しくて前向きに取り組めました。努力する才能はあったようで、成果も出ていました。

東京大学を選んだのは、地元の滋賀県から出て、東京で生活してみたい気持ちがあったから。それに、東京大学には、最初の2年間は専攻を決めずに幅広い分野を学べる教養学部があり、好奇心旺盛な自分に合っていると思いました。

– 具体的に東京大学ではどのようなことを学ばれましたか?

2年までは語学や文化論、ジェンダー論、言語学など、言葉と社会にかかわることを興味の赴くままに学びました。3年次以降、やはり自分が共に過ごしてきた芸術や音楽について学問的に探求してみたいと思うようになり、文学部にある美学芸術学のゼミで芸術に関する哲学や感性論、音楽学を中心に学びました。

– 大学を卒業後は一般企業で会社員になられたのですね。

ピアノは一生の趣味にするつもりでした。なぜだか分かりませんが、当時はどうにかしてピアノを忘れよう、忘れようとしていました。

一般社会の仕組みを知りたかったので、新卒で企業向け研修プログラムの設計・提案をする人材育成コンサルティング会社に入社し、私は法人向けの営業を担当しました。しかし、仕事に全精力を注ぐ気持ちにはなれず、やはり音楽業界に入ったほうがいいのかなと、すぐに思いましたね。

そこで、友人に誘われたピアノ教育系の出版社に転職しました。楽譜や教材の出版、セミナーやコンクールの開催を担当し、アプリの開発やWebサイト制作にも関わりました。

– 音楽関係の会社は本荘さんにとって居心地のよい環境のように思えますが、なぜ辞めてフリーランスになろうと思ったのですか?

この会社は小規模で、若い社員にもどんどん業務を任せてもらえる環境でした。そのため、2年間の中でも多様な業務に携わることができ、そのなかで徐々に適性が分かり、当初はフリーランスとしてマーケティング職に特化していこうと考えていました。

思えば子どもの頃から、個人で自律的に行動するほうが得意でした。集団行動が苦手で周囲との違和感が大きかったため、ピアノに打ち込めたのかもしれません。

それは大人になっても同じで、会社組織の力関係や忖度、集団行動に馴染めませんでした。今振り返れば当然のことですが、会社組織では何もわからない新人の意見が採用されることはありません。しかし自分の思ったように物事を進められないことに人一倍ストレスを感じる体質だったのでしょうか。いわゆる「JTC」(日本の伝統的な企業)のなかでの人間関係を煩わしく感じる度合いが強かったと思います。

企業では、組織としての目標達成や利益貢献の視点が求められますが、私の場合、自分らしい仕事のあり方や、個人としていかに価値を生み出すかを考えてしまう。どちらがいい悪いではないですが、会社員としてはこれではうまくいかないですよね。そこで個人の価値を高め、生計を立てる方法を真剣に考えるようになりました。

– フリーランスになることに不安はありませんでしたか?

実はフリーランスになったのは、正確には2社目を辞めて、桐朋学園大学院大学に入学する直前です。フリーランスになれるほど実力がないと思っていましたし、人脈もなかったので不安でした。

最初はフリーターになるつもりでスタートしたのですが、かといって会社員に戻れる気もしなかったので、後戻りはしないつもりでした。退職した当時は、まさかピアノが自分の仕事の軸になるとは思っていませんでした。

– フリーランスになるために何か準備はしましたか。

当初、自分の稼ぎの軸としてはマーケティング職を考えていたため、Webマーケティングのスクールに通い、隙間時間を使ってライティングや広告の勉強をしていたんです。スキルを身に着けたことで、大学院進学にも経済的不安を減らして落ち着いて臨むことができました。

実際に大学院は富山県にあったのですが、富山でピアノを学びながらも、名古屋や東京のWebコンサルティングやWeb広告代理店の会社に業務委託で入り、リモートで仕事をしていました。

– 実際にフリーランスになって気づいたことはありますか?

「食べていけそう」ということでマーケティングの仕事を始めたのですが、そこでもやはり行き詰まりを感じました。個々の業務は達成できるのですが、根本が芸術家気質なので、「マーケティングを通じてクライアント組織の売上に貢献する」というミッションに魂が燃えなかったのです。会社員の息苦しさを感じてフリーランスになったものの、結局は同じような悩みを抱えることになってしまった。

そこで初めて、「周りの目やサンクコストは気にせず、心から好きで熱中できるものに人生をささげよう」と本気で思うようになりました。

フリーランスとして大切なのは、仕事の単価を上げるために仕事を断る勇気が必要ということです。フリーランスは立場が弱いですし、分からないことも多かったので、誰かがアプローチしてくると、ついつい話を聞いてしまうのですが、それでうまくいくことは、ほとんどありませんでした。

例えば、まだ演奏の機会が少なかった私に、「若い音楽家を支援したい」といって、親身に近づいてくる方もいました。しかし、蓋を開けてみると聞いていた条件と違っていたり、支援してくださっている手前、関係構築や距離感がわからず苦労したりすることがありました。相手を儲けさせるためにわざわざ近づいてくる人はいない、という当たり前のことを常に心に留めておきたいものです。

フリーランスは、自分のスタンスを持っていないといけないし、個人で活動するメリットを十分に活かす自覚が必要だと思います。

– フリーランスになるためには、どのようなスキルが必要だと思いますか?

私は今、芸術家という仕事でフリーランスをやっているので特殊だと思われがちですが、市場の需要に応えて、報酬をいただいていくという意味では、この記事をお読みくださっている方々の想像されるフリーランスの姿とは大きく変わらないと思います。

まずは、安定して収益を得られる、自分にしかない強みや価値が必要です。人と同じことをしていては、価格競争に陥りますし、自分に自信が持てず、安売りしてしまいがちです。

ピアノレッスンや演奏の世界は、動画編集などと同じで、労働集約的で価格競争が激しい業界です。人脈や営業力があることに越したことはありませんが、それがなかったとしても、悲観することはありません。オンラインを活用した集客や販売力が今の時代はマストであると考えます。

また、やりたいことを追求するだけでなく、お財布の中身を黒字にするための経営的な視点もプレイヤーには必須です。すべてを自分で抱え込んで苦しくなる前に、外注する判断も大切ですね。

– 今後の活動や実現したいビジョンについて教えてください

日本の「ピアノ教育」は時代遅れ。茶道や華道のような「芸」の世界なので、教える側と教わる側の「情報の非対称性」が非常に高く、どういう先生を選べばいいか、何を指針に学べばいいかの判断基準が曖昧です。ピアノ指導者のスキルは可視化できませんし、いい音大を出ているからレッスンも素晴らしいとは限りません。

私が勤めていた2つ目の会社は音楽系の出版社だったため、いろいろな音楽関係の方にお会いする機会があり、そのなかで講師のピアノ指導を見ることがありましたが、「自分だったらこう教えるのに……」と思うことが多々ありました。

今後の活動としては、オンラインで、いつでもどこででも、ピアノの上達法やクラシック音楽の勉強ができるプラットフォームを作りたいと思っています。そのために、実地での対面レッスンを継続しながら、レッスンを体系化していく取り組みも始めています。もちろん、よい指導のためには、自分自身もしっかり演奏ができないといけません。

かつての自分のようにピアノに悩む人を一人でも減らし、生き生きと楽しく演奏できる人口を増やしたいですね。

– これからフリーランスになろうと言う方にアドバイスをお願いします。

私はピアノがなければ、今頃、路頭に迷っているでしょう。「芸は身を助ける」といいますが、芸があるのとないのとでは雲泥の差です。人とは違うものを身に着けることで、個人でも影響力を上げられます。

さらにその違った特色を掛け合わせることで人の目をひく人材になれるのではないでしょうか。私の場合、「東大卒×音大院卒」という経歴を掛け合わせることで、これが唯一無二の武器になっています。また一般のレッスンでは着目されない「練習法×奏法」へのコーチングをサービスとして打ち出し、そこにオンラインをかけ合わせることで商圏が世界中に広がり、今やアメリカや九州からも受講してくださるようになっています。

あらゆる分野で多様化が進む現代に“ブルーオーシャン”はないといわれています。「レッドオーシャンの中のブルーオーシャンを見つけよう」という言葉も耳にするようになりました。

まさにピアノはレッドオーシャンで、教室も指導者も多い激戦区です。でも、それは業界が盛り上がっていて市場規模があるという証左でもあります。ピアノという面白いレッドオーシャンの中で、ブルーオーシャン(優位性)を見つけることが道を開く鍵だと思っています。自分に何ができるかを追求し絞り込んだ先に、新しい価値を見出せるのかもしれません。

本荘悠亜さん プロフィール

本荘悠亜さん プロフィール

3歳からピアノをはじめ、以後休みなく25年ピアノを弾き続けている。

灘高等学校、東京大学文学部卒業。教育系企業2社で勤務ののち、フリーランスとして活動を開始。同時に社会人修士として、桐朋学園大学院大学(ピアノ科)に入学、世界的ピアニストの岡田博美氏に師事する。2年間の研鑽を経てピアノ演奏で修士号取得。国内、国際的コンクールにて数々の受賞を果たす。

現在、ピアニストとしては関東・関西を中心に活動の場を広げている。

2023年には『新垣隆×QREHA Strings』『2台のデジタルピアノによる演奏会―白と黒でー』など、クラシックの知られざる世界に光を当てた、個性的な公演を自主企画し成功を収めた。

ピアノ指導者として複数の音楽教室に勤務する傍らプライベートレッスンを行う。

YouTuber『ピアノコーチゆうあ先生』としても3,000人以上の登録者に向けてピアノ上達法について発信をしており、奏法と練習法にフォーカスした独自のピアノコーチング事業を運営、全国から受講生が集まる。日本バッハコンクール、全日本ジュニアクラシック音楽コンクール審査員。

公式ホームページ
https://www.ongaku-manabiya.tokyo

YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/@pianocoach_yua